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ネコティアスの時事コラム

2012年6月04日

ネコティアス
世界同時デフレ??

 




 嫌な予感がする。 世界にデフレが感染し始めたのであろうか?

 ギリシャ市民(ここでいう市民は官僚・役人・大企業家・政治家などの既得権益層を指さない)が財政緊縮のみの政策をこれ以上認めないことが判明して以来、ギリシャのユーロ脱退の連想から株式市場のみならず、商品市況が下落し始めた。  日本のみならずドイツ、英国、米国などの国債が軒並み最低利回りを更新しだしている。  市場は「質への逃避」と説明するが、もしかすると世界同時デフレの予兆かもしれない?

■デフレはその語源通り「縮小」⇒「死」である。

 日本は1989年のバブル崩壊により「単に大きなバブルが崩壊した」だけでなくデフレにかじを切ってしまった。  デフレの前には超過流動性供給のもとバブルが膨らんでいた。  バブルの中でも最も危険なものは「不労所得」への過度の期待感=拝金主義であった。  そしてバブルは一般的に言われてきたように破裂したのではなく収縮を始めたのである。  破裂であれば同時にリセットをも意味し、どん底からの着実な回復の道筋もついていたであろう。
 しかしながら収縮は破裂をさせないための取り繕いを重ねることを意味した。  手術に耐える体力のない患者に延命治療を続けるようなものであった。  これはあまりにも過去20年の日本の現状に似ていると言えまいか。

 経済の構造面で言えば、インフレ時代(かつては長期金利が6%をはさんで高金利と低金利に区別される事もあった) は企業の正社員が消費者を兼ねていたために企業の支払った賃金が消費に回りそれが企業に還元され一時的な景気の谷はあっても長期的には好景気が続いてきた。  ところがこの若い経済の伸び(=インフレ)は1989年を境に一挙に壮年期の縮みの経済(=デフレ)へと転落してしまった。  つまり社会の好循環消費経済が崩壊し始めたという事である。

 労働者=消費者という構図でマネーが循環してきた社会が少子高齢化とそれに追い打ちをかける非正規労働者制度の導入より、企業の支払う賃金の対象者のなかでほんの一部の正規労働者 (公務員もこのグループである)のみが消費者として企業製品・サービスを購入できるだけになってしまったために国内消費は壊滅的打撃を受けた。  もちろん企業が非正規労働者制度の導入を願った事はすでにデフレが進行していたからでもある。  そして消費者が減った分だけ価格は下がり、資本は海外に逃避し、それによって給与収入がドラスティックに減り、それが消費を押し下げるという逆スパイラルに陥った訳である。  景気浮揚対策の為の低金利政策が物価の下落をもたらしているという見方はたぶん事実を示していない。  そのような見方をするとインフレは誘導できるという認識をすることになる。  デフレであるから物価が低いと考えればデフレを脱却しない限り物価は上がらないと考えるべきであろう。  日本の経済が風船だとすれば大量の外部気体を、内部気体の減少率以上の速度で注入しなければ再度膨らむ事はない。  そしてすでに弾性の無い状態まで収縮しているとすれば、すばやく再生するために必要な破裂はもはや期待できないことになる。  今議論されている消費税の増税がデフレ期で導入されれば何が起こるであろうか。  消費増税分の物価上昇が当初は起こるが、その後それはより一層の消費者の喪失をもたらすことになる。  そして物価の下落を招き、給与所得の減少を伴いより深いデフレに墜ち込むことになるはずである。

 現在、名経営者の条件のように喧伝されている海外M&Aなどは、大企業がすでに日本を見限り新たに吸える血を求めてさまようドラキュラ化した証明でしかない。  正規労働者以外のゾンビからは血は吸えないという事である。  デフレの中でインフレ(=成長)の象徴である子供が増える事は考えにくい。  民間航空機のパイロットの不足(某航空会社を数年前に税金で救済した時には余剰な高給取りのパイロットを削減すべしという事であったはずだが?) を補うために60歳以上の経験者を乗務させるらしい。 (それも危険回避対策として2人一度に職を与えるらしい)  それでなくとも余っている生産性を老人で上げたところで消費する若者が国内に存在しないとすれば一体何をやっているのであろうか?  1990年以降に生まれた若者は22歳になる。  彼らはこの世に存在して以来バブル縮小の経済の中で一度も明るい景色を見たことがない。  そしてその彼らがバブル期を謳歌した老人の為に金を出せと言われているのである。  そしてその金を払おうにも仕事が無いのであるがそれは、「若者が無能で老人が優秀である」ことが理由であるらしい。  100歩譲ってそれが真実であるにしてもそのような若者を育てた老人に罪はないのか?。

 経済が生物であるとするとインフレは生を得てから成熟するまでにたどる成長k期であり、デフレは荘年から死に至るまでの消滅の道ともいえる。  経済学はインフレ退治を目的とする成長期の経済学でありデフレについてはインフレ程恐ろしいものと考えていなかったのかもしれない。  中央銀行がまだインフレをより注視しているのはそういう理由かもしれない。  日本は失われた23年間でGDPはほとんど増えず、超低金利にも関わらず借金のみは倍増したそうだ。  デフレ下では企業努力は砂に水をまくに等しく、借金をして投資(生産)するよりも金を貸している方が有利となる。  デフレ下においては本来の日本国債の利率はマイナスであるべきで、元本返済は額面の100%未満でなくてはならない。  しかしながら実際には金利は依然としてプラスであるし元本も全額返済される事が前提となっている。  これでは資金は投資より融資に回す方が圧倒的に有利ということは明白である。  中央銀行が今できる方策は、貸金は国債であれ何であれデフレが解消しない間は元本が減り金利もマイナスになることを示すことである。  そうすれば国全体が成長率のために何をなすべきかを真剣に考えるようになるであろう。  老人の社会保障の為になけなしの税収入を投入するなど老人ゾンビに若者ゾンビの血を吸わせるに等しいやり方だといえる。
若者の将来の年金は誰が払うのか?

 原発の再稼働も死にゆくものをこれまで通りに生きながらえさそうという意味ではデフレの思想である。 国の発展のために原発を再稼働しようとするもの達も同様である。 遠く離れた東北に補助金を鼻薬にして作った原発を稼働する代わりに、東京湾に新たに最新鋭の原発を作ることができないのであれば社会を導く責任者とは言えない。
 原発をどうするかは将来にわたりその恩恵と被害を受けることになる若者が決定すべきことであって、放射能被害など気にならないと考える老人が決めることではない。 人間がデフレになりゾンビになるとすれば、デフレは解決すべき最大の課題となった。 

■最終的にインフレは起こるのか?

 日本国債は最終的にはインフレによるしか返済の方法が無い、というのが大方の考え方のようである。  国会議員も国家官僚も大企業家(もちろん銀行家も)も時期の読みは異なってもそのように考えているのであろう。  しかし本当にそうであろうか? 日本がインフレに戻るだけの若さをいまだ保持しているのであればそうなるであろうが、もしそうでなければこれまで予想されていなかったような「デフレ状態のままで突然経済活動が停止する」現象が起こる事になるかもしれない。

 世界経済は先進国が後発国を利用して成長するというモデルであった。  そしてそこには技術革新を先導したものがそうでないものから先行者利潤を得ることができた。 しかしながら開発した技術が資金の対価として一瞬で後発国に移転され、その技術により開発された商品を購入できる消費者が後発国に偏在する場合、そのモデルはもはや先進国にとっての有効性を失うことになる。 これまでは技術立国として輸出を行う事が経済発展の基であると考えられてきたが、先進国にとっては輸出しかないという事は、イコール国内に消費者がいない事を意味するようになった。 消費者がいないということはこれまでの内需促進策としての財政投資は一部の企業と一部の消費者にしか貢献しないために景気対策としてのプラス面よりも財政赤字の増大というマイナス面のほうが大きくなってしまう事になる。 今後唯一世界経済を再活性化させることができるとすれば、全ての国が「内需拡大」しなくてはならない、そして内需拡大の前に「希望を持った消費者を創造」しなくてはならない。 デフレは国内の消費者が縮小することにより企業活動がより外向きになることにより、より一層のデフレをもたらすといったようにスパイラル的に悪化していくようだ。 富の集中が貧困層を拡大することは当然であり集中はそれまであった広がりの収縮であることは明白であろう。 その意味では「too big to fail」を解消することはデフレをインフレに戻すということであるから極めて正しいことである。
 しかしながら
(ア) 大企業そのものが政府と一体化しやすいことと、
(イ) 組織はそれ自体、増大する事を望むことと、
(ウ) 大企業(現状においては金融)のちからイコール国家の
    戦略的パワーであることから、
「集中=デフレ」への動きを逆転させることは容易ではない。 日本においても消費税を上げることにより誰が得をし誰が損をするかを考えれば、消費税そのものがデフレを大きく加速させるもの以外の何物でもないことは極めて明白である。 欧州における党統一通貨問題も全く同様であり、再活性化を望むのであれば欧州の高級官僚とそれに従う政治家が導入したEUROは解体される方が成長=インフレに戻る道である。 この考え方に沿って言えば、「価値観の統一」もデフレにつながる事になる。 かつての奴隷制度を見よ。 大農場主といった閉じられた社会の中では権力と財産の過度の集中=デフレが起こっていたわけであり、それを維持していくためには一方方向で搾取される奴隷が必要であったという事である。

 生物のデフレは死に至る、社会のデフレは階級格差による経済収縮と政治収縮をもたらす。  しかし生命は新たな命を育めるし、社会は新たな価値観と制度を作り直すことができる。  新たな価値観のもとに新たな制度をつくり発展を再加速させることは英知をもってすれば行えるはずである。

  そして新たな価値観に基づく新たな制度はそれまでの支配階級ではない若者が創造することになる。 もし世界にデフレが進行しているのであれば、これまでの権威は全て疑ってかかるべきであろう。 これまでの支配者階級に今後のかじ取りを任すことがあってはならない。  彼らはたとえインフレ期の方法論がデフレ期には通用しないことに気づいていたとしても、行おうとすることは彼らの形成した社会の温存になる。 それゆえ彼らには新しい世界は方地図くれないということに帰結する。

■デフレをもたらした階級闘争が政治不安を増大させる。

 ギリシャを見ても最後に緊縮財政を受け入れたのは高級官僚出自の首相であった。  ギリシャをこれまで運営してきた階層にその制度を壊すことはできない。 

  世界的な失業率の高止まりも経済が構造的に(老化=デフレ)状態にある事を示しているように思える。  先進国において共通の問題は大企業中心主義の高級官僚が支配する政府と名目だけでその実ビジョンのない政治家が一方に存在し、他方に仕事の無い若者が将来の夢を老人に食いつくされようとしていると感じている事ではないか。  そしてその高失業率を是正しようとする試みがほとんどなされていない事に怒りのマグマが溜まっているという事であろう。  「教育コストの削減」、「増税」、「企業への補助金投入」、「高額所得者への減税」、「移民の排除」など各国の政策は若者にとって理不尽な仕打ち以外の何ものでもないように感じられる。

 デフレの経済においては貧する若者の声がより強くなっていくなかでギリシャやフランスの選挙の結果があるのではないか。
 米国における「OWS運動」にしてもアメリカンドリームの国でさえ若者が社会主義的傾向を持つほどに格差が広がりつつあるということになる。

 失業率の高止まり(特に若年層の)は現施政者にとっては、投票行動の理由や社会不安の原因であることは理解できても、実は消費者の減少により企業は海外に出ていかざるを得ずそしてその企業にとっても出て行った先が同じ問題を抱えていればゼロサムゲームを演じ続けることになることを理解できていないのかもしれないそれを解消するために企業はより一層の消費者の囲い込みの道としてのM&Aにいそしみ、それがより一層の集中化=デフレをもたらすことになる。

■デフレ解消の方策は?

 デフレ解消の方策は極めて簡単である。  未来に向かって希望と経済と技術力と思考が膨らんでいくこと(=インフレ)を目指すためには、集中化から分散化にモーメンタムを変えればいい。 そして消費者を増やすために若者に投資をすればよい。  老人はその経験で得た知見を若者に助言することが仕事になる。  つまり今まさに起こっている事を逆向けにすればよいのである。
 そしてこれまでと全く異なることを始めるためには、明確なビジョンが必要になる。  老人よりも長生きする若者こそが未来に対して責任が持てる事は自明である。  今こそ新たな挑戦を恐れない真の政治家が必要とされている。  その政治家が若者と老人の二人三脚であれば理想的であるかもしれない。

以 上
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