最近の英国、ドイツ、米国、日本の政治的リーダー…などなど
これらの人物の共通点は?
それは国家財政再建・金融機関改革が少しの苦しみを耐えるだけで世界を再びばら色に戻す事ができる処方箋だと言っていることだ。
ただし信じているとは思えない。
信じるためには深い考察が必要であるが、それをしたことはないので結果として信じる事ができない。
単にふりをして事態の好転を願っているだけだ。
なぜ、考察していないと言えるか?
もし考察していればそのような事が間違いであることが判るからだ。
彼らに共通している事がある。
それは、失業率が50%を超えても、年金制度が破綻しても、国内大手企業が破綻しても、大金融機関が破たんしても、自分には快適な生活が保障されていると信じている事であろう。
戦争も同じく、机上で作戦を練った将軍が何百万人の国民が死に、たとえその戦争に負けても自身には快適な生活が保障されていると信じているのだ。
大きすぎてつぶせない金融機関の経営者や従業員はアンフェアにうまい汁を吸っていると批判している張本人が、実は経営するには経験のなさすぎるような国家を経営して破綻させても何のペナルティも課せられない事があたりまえと考えているのだ。
そのような人物に国家経営を任せるとどうなるか?
歴史はすでに何回も証明している。
彼らには今の世界のかじ取りをする能力はない。
ないのであれば誰か代わりを探すべきだが、いわれのない超楽観主義により世界を精算に向かわせている可能性が高い。
入ってくるだけの税金でできる事だけやり、救いが必要な人を切り捨てればどこかで財政は均衡するであろう、あまりに簡単なことで、そのような事をわざわざ政治家や御用学者に教えてもらう必要はない。
冷戦が核戦争なしに終了し、人口が七十億になろうとする現在まで大きな紛争なしに来れた事が、単なる幸運であったとまでは言わないが、考えられている以上に幸運であったのかもしれない。
もしその幸運を西側指導者の英知のたまものと勘違いし、たかをくくっているとしたら、大きなしっぺ返しをくう事になる。
リーマン不況が起こった理由と全くの関係のない金融制度改革や、世界的規模での失業を伴う不況とデフレがどのような社会不安をもたらすかを想像もしない能天気な政治家が行おうとしている「世界同時緊縮財政」は、世界を奈落の底に落とすであろう。
今の地球ではどこかの不況はどこかの好景気で補えるというものではない。
前回、中国が世界を引っ張ったのは、不況の原因が米国のサブプライムローンとその証券化とCDSによるそのインチキ保証であったというように患部が特定されており且つ医者も看護婦も手術室も薬品も存在した為である。
もし次の同時不況が全ての国が他国の内需に依存し、我先に小さい政府を目指すという事になるとそれは患者も医者も病気になり、手術室の電気も薬の製造も途絶えるという事を意味する。
まだまだ仕事ができる人も含めて全員が一斉に自分たちは病人であり飲まず食わずでじっとしているべきだと思えば、その人たち全員がすぐに本当の病気になってしまうであろう。
何が起こるかと言えば無防備な人口1000人の世界にペストが広まれば、何らかの理由で生き残った10人で新たに世界を始めるのを待つという事になるであろう。
政治家も大企業経営者も役人も大企業従業員も自身はその10人と考えている為にそれをやってみようとするのであろうか。
かなり当たっている事は彼らが10人に入るかどうかの可能性は、少なくとも彼らが今そう考えているほどは高くないかもしれないということだ。
だいたい赤字をGDPの30%以下でも100%以内でもなく半分に留めるとか、銀行の自己資本比率を7%でも9%でもなく8%以上にするとかの数字の決めごとにいかほどの意味があるのか?
もちろん目安や歯止めは健全な経営には必要であるがそれは神様が与えた十戒ではない。
大枠健全な中で一部の悪化分子を矯正するのは多いに意味があるが、全体が悪化してしまった中でみんなでそれを守って死ぬなど阿呆の考える事であろう。
これより3日後から1カ月間は食事も持たず戦地に送られる予定の兵士が自分の体脂肪率を気にしてこれからの3日間をダイエットしようとするようなものである。
今行うべきは、新しい目安や歯止めを将来形成できるようになるために全体が元気になる方策を考えるときである。
数値目標に囚われて集団自殺する時ではない。
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