◆地政学的リスクはブッシュ政権時よりもはるかに高まっており、米国は引きこもり、日本は孤立度を深める◆
―午前3時の電話に対応できるのはいずれか?― という米国大統領選挙での問いに対して、最近ヒラリー・クリントン国務長官は「オバマ大統領も私も十分対応できる」と結論付けた。 何を根拠にそのような発言を? これまでの5ヶ月間で外交ではいかなるポイントも挙げていない。 ほんとの答えは「別の人」になるのかもしれない。
ネオコンを擁護するわけでは決してないが、 《ネオコンであってもチェイニーやラムズフェルドなどの単なる臆病な卑怯者だけではなかろう。ちなみにブッシュは卑怯者ではなかったかもしれないが臆病者ものではあった。 歴史的に見て英雄は先頭に立ち勇敢に戦い、臆病者はオフィスから人民の軍隊を殺戮の地に導く。オフィスの中で決断するだけはだれでもできることだ。》
武力行使に至る線引きが頭の中で明確でないオバマの外交は、最終的な武力行使までの間に敵対者に時間を与え、結果として紛争を長く悲惨な物にすることになる。
以下は就任5カ月間の外交問題での動きである。
- イラク
撤収の道筋は示したが、これはブッシュ政権下での既成方針でもあった。イラク国内でのテロが減少しているとすれば、それはイラク政権の少数派取り込み策と、テロの主戦場がパキスタンとイスラエル&パレスチナに移ったためである。
- アフガニスタン
アフガン増派はタリバンとそれに呼応するテロ集団をパキスタンと挟撃する作戦と思われたが、実際にはパキスタンとの連携は全くうまくいかず、テロリストによるパキスタン転覆の可能性が高くなる始末である。もともと、「挟撃作戦」などなかったのかもしれない。
- イスラエル
「入植は即時停止すべきだ」という発言は大向こうに受けるのかもしれないが、そのために「話し合い」というだけで、実際にはパレスチナ側からもイスラエル側からも一切の評価は得られていない。カイロ大学での女性の権利発言などそこに至るまでの道筋を示さず、自身が民主主義の王のような勘違いぶりを世界にさらけ出してしまった。オバマは民主主義の王ではなく覇権国家米国のリーダーである。
- 北朝鮮
ミサイル発射、核実験を予告された段階での、「重大な結果を招く」などと本来であれば、報復攻撃を意味する言葉を使用した割には、国連安保理で中国・ロシアを説得できないクリントン国務長官などは本来であればすでに辞任してもおかしくない外交への認識の浅さを露呈してしまった。
ただし、オバマには目下の経済復興が急務ということから、いたしかたないという意見が大勢を占めているのは事実であろう。 しかしその経済優先が外交にとってより大きなマイナス効果をもたらしている。
すなはち、(1)欧州における最大の同盟国である英国が経済のみならず政治制度的に国内で大打撃を受けており、米国に適切なアドバイスをする余裕も発言力も低下していること、(2)対ロシアに関して米国寄りであった東欧の小国が経済危機とエネルギー問題によりロシア側に再編入されていること、(3)米国内の膨大な財政赤字をできるだけ速やかに減少させること=これ以上の出費は許されないことを今の段階で公言していること、(4)ウォール街の意向に沿って原油価格バブル形成にストップをかけることをやめたこと。の4点である。
つまり、(1)は米国が情勢判断を誤認する可能性の高まりを示し、(2)は外交政策の選択肢の狭まりをしめし、(3)は軍事作戦は選択肢にないと公言しているということであり、(4)は再びロシアおよび産油国の力を蓄えさせるということである。 また、経済政策を重視するあまり、ガイトナー財務長官が就任以来びたび人民元切り上げに関し中国を刺激することを許し、その挙句に中国・ロシア・ブラジルに米国ドルの準備通貨としての地位を人質に取られる始末である。
以上の点より判断できることは、
- ★オバマは国内問題の解決を得意とする実務家タイプの人間であること。
- やるべきことをやるというのは国内問題解決には適しているが、やるべきことの選択肢が多数あり、しかもその結果次第では人類に大きな被害を与えることになる外交には言葉に出しては言えない信念が必要であるのかもしれない。
-
- ★外交については定見がなく日和見主義であること。
- 黒人が大統領までなったのは、先達のさまざまな闘争と話し合いという努力の結果であって、オバマはそれを具現化したわけだがそうなるための条件を勝ち取ったわけではないことを区別しなくてはならない。 オバマが象徴するものとオバマができることは全く異なるのである。 外交面でのオバマへのいわれなき期待感は、911直後のブッシュ批判を許さなかった米国の偏狭性と同根かもしれない。
健康保険改革に力を注いできたクリントンを国務長官に選んだこと自体、外交軽視であり、それを受けたクリントン自身も認識不足といえよう。 背後のネオコンに操作されることが仕事であったコンドリーサ・ライスとは立場が異なることに気づくべきであった。
-
- ★「言葉」により失策する可能性があること。
- 弁が立つことは「選挙で自身に投票させる」というように目的がひとつである場合には極めて有効であるが、明確な目的が必ずしも不明な場合は意と反する結果をもたらすことがある。
6月に大統領選挙を控えたイランに対して「無条件の話し合い」を提案することにより、アフマデネジャドの政策を追認することになったのは、アフマデネジャド大統領の地滑り的再選勝利の一因になったかもしれない。
上記の前提が大枠で間違っていないと仮定すれば、今後に起こることは以下のようになろう。
- 米国は当面、膨大な支出を必要とするような大規模軍事介入はしない。
- 話し合いでの交渉では国益に大きくかかわる事でロシア・中国が米国に妥協することはない。
- イランおよび北朝鮮の核開発問題は「世界からの核兵器の全廃」という幻想とすりかえられつつ遅々として進展せず、その間に両国および潜在的核保有国の開発は進む。その結果としてイスラエルによるオシラク原発空爆の再現が現実となる。ただしその結果は今度ばかりはイスラエルの勝利ではなくアラブの結束という形でイスラエルにはマイナスをもたらす。
- パキスタン情勢は不明だが混乱を収束するためにタリバンとテロリストを駆逐せず温存した形で軍事政権が樹立されれば、テロリストの核兵器入手の可能性が極めて高いものとなり、欧米を後ろ盾にしたインドとの関係が改めて緊張する。 このことはインド・中国の緊張も高めることになる。
- 北朝鮮についてはそもそも6カ国協議の議長国を中国にした時点で米国は手を引いており、小紛争が近々起こる可能性は高いが中米の介入で即座に収束し、その後は現体制を引き継いだ新体制の安定化が優先される。
そのため核開発は継続する。中国にとって自国の核開発実験場を手放す動機は少ない。
- 日本は? 経済では中国と米国に依存し、軍事力では米国に依存する日本の生き残り策は以下の方法しか考え付かないがはたして行動に移せるか?
- 軍事的には中立を目指す。
ただし軍事力は米国支援型から独自行動のための軍事力に変換する。自衛のための報復攻撃は自明であるが、集団的自衛権(単に米国の軍隊に編入されるという意味であるが)の行使はあってはならない。
- 早急に科学技術立国を目指す。
各国が日本に頼るものを科学技術と規定する。軍事力とお金を頼られれば絞り取られるだけである。
- 早急に東南アジアおよび豪州と技術的・文化的・経済的同盟を目指す。
- 早急に官僚・政治家・大企業・国民の頭を鎖国的思考から解放する。
これを推し進めることができなければ、中米ロの顔色をうかがいながら悶絶し、最終的に刹那的な行動で自滅する「また来た道」となろう。
ちなみにロシアに天然ガスを依存しようとし、豪州のリオティントを妨害しようとする官僚の頭は「大企業のいいなり」&「矮小な省益確保の期待」という言葉しか思いつかない。
すでに豪州が日本の存在を戦略的に除外しつつあることを重大に受け取れないのであれば東南アジアも早晩同様の結論を下すかもしれない。
温暖化ガス対策についても極端な削減幅を発表し、国民への押し付けではなく科学技術力で実現してみせるもっとも可能性の高い国であり、そのことが技術立国と経済復興を両立させることに思い至らないとすれば...
科学技術はエンジニアリングであり基礎研究でありそして哲学である、太陽電池パネルの効率化や時代遅れのハイブリッドカーも企業と景気にはいいかもしれないが、国の在り方を変えるエンジニアリングなしで世界の尊敬と日本の安全は得られない。
|